お弁当
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  「おっ、タコのウインナーだ」そう言ってあいつは私の前に立っていました。
それは私の中学校の生活が始まってまもなくのある日、昼食のお弁当を食べてい た時のことでした。
 その日のお弁当は私の大切な想い出となるべきものでした。なぜなら、その日 のお弁当は自分で作ったはじめてのお弁当だったからです。お母さんが風邪をひ いて寝込んだため、その日は自分でお弁当を作って持ってきたのでした。
 朝、いつもよりずいぶん早く起きて一生懸命作りました。もともと料理をする のは好きだったのでお母さんの手伝いはしていましたが、やっぱり朝早く起きて ひとりで作るのは少し辛いものがありました。それでも頑張って一生懸命作って きた私の大切なお弁当をあいつは…。でも、そのお弁当は、はじめ思っていたこ ととは少し違ってしまいましたが、私の大切な想い出のお弁当になったことには 違いなかったのです。
 その大切なお弁当を食べていたら、あいつはいきなり近づいてきて「おっ、タ コのウインナーだ」なんて言って、私の会心作のタコのウインナーを口に放り込 んでしまいました。そして「これはうまい!」なんて言いながら教室を出て行っ たんです。私はあまりに突然のことで何も言えませんでした。そのあとの私の気 持ちがどんなだったか…。それなのにあいつは何事もなかったかのような涼しい 顔をして…。
「バカヤロー!」

タコのウインナー

俺はかなりの早食いで、いつもガツガツとご飯を食べていたものだから、おふ くろに「お前の食べ方は下品だ、隣りの犬の方がよっぽど上品にご飯を食べるよ」 なんて、いつも怒られていました。
 あの日の弁当もいつものように思いっきり腹にかき込んで「もう少し食べたい のになぁ」なんて思いながら教室を出て行こうとしていました。机の間を歩いて いてふと見ると、あいつが弁当を食べているのが目に入りました。「なんだか上 品ぶった食べ方で嫌なヤツだなぁ」と思ったんですが、考えてみると自分の食べ 方が下品だっただけで、あいつは普通に食べていたんですね。
 その弁当を覗くとタコのウインナーが…。思わず「食べたい!」と思った次の 瞬間、それを摘み上げて口に放り込んでいました。その時のあいつが俺を見上げ ている顔といったら…。キョトンとして、自分の身に何が起こっているのかわか らないといった感じでした。そして俺はそのまま教室を出て行ったんですが、そ の日のあいつの弁当にどんな思いがあったかなんて俺にわかるはずもないことで した。

 
つなぎのカット
 
 あの日をきっかけにお弁当を自分で作るようになりました。そしてまた、毎日 のようにあいつは私のお弁当を狙うようになりました。
 私も「取られてたまるものか」とお弁当を守ったのですが、それでもチョット した隙に取られてしまいました。あいつは音もたてずに忍び寄ってきて突然後ろ から手を伸ばしてみたり、いきなり「ワッ」なんて大声をだして私がひるんだ隙 にサッと摘んでいったりして、お弁当争奪ゲームみたいな毎日が続きました。
 でも、どうして私のお弁当ばかり狙ったんでしょう、ほかにもお弁当を食べて いる子はいくらでもいるのに。「ひょっとして私のことが好きだから」なんて考 えてみましたが、どうしてもそんな感じがしてきません。友達に聞いてもそんな ふうには見えないと言われました。お弁当を狙うこと以外、私に関心を持ってい るような素振りがなかったんです。「あいつの狙いはお弁当だけ」そう思うと、 それはそれで面白くないような気がしました。
 毎日毎日お弁当を狙ってくるあいつに腹が立って、何とか仕返しをしてやりた くなってきました。何か良い方法はないものかと毎日お弁当を作りながら考えて いました。
おべんとう

あの日、あいつの弁当を摘み食いしてから、どうしてもあの味が忘れられなく なって毎日弁当を狙うようになりました。
 一応、おふくろに頼んで同じ味の物を作ってもらうようにしたんだけれど、ど うしてもあいつの弁当の味にはならなかったんです。どこかが微妙にちがうんで す。手の込んだ物ならともかく、ウインナーや卵焼きぐらいだったら誰が作った ってそんなに変わるはずがないと思うんだけど…。
 いろいろ考えて見ましたが、結局どうしてもその味の違いの原因がわかりませ んでした。今になって思うと、その微妙な味のちがいに運命の分かれ道みたいな ものがあったのかと感じています。チョット大袈裟かな。
 俺はあの時、あいつがうらやましかった。「あんなにおいしい弁当を作っても らっていいなぁ」って。まさかあの弁当をあいつが自分で作っていたなんて、ず うっと後になってそのことを聞くまで想像もしていませんでした。
 誰が作ったものであれ、あいつの弁当がおいしいものだから、俺は毎日のよう に弁当を狙ってしまいました。あいつも必死で取られまいとしていたので、なか なかたいへんだったけれど。

 

 


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